喜多俊之デザイン研究所所長 喜多俊之 氏 2017年新春特別インタビュー

喜多俊之 氏
喜多俊之デザイン研究所所長

喜多俊之

聞く人
長島貴好(本紙社長)

リノベッタで住生活を快適再生

長島 昨年第8回目を迎えたリビング&デザイン展ですが、初期の目的のリノベッタという快適住空間の中古マンション再生やハウスメーカーとの提携など成果をみてきました。新年を迎えて今後、どのように進化させていこうと考えていますか。

喜多 戦後、日本が置いてきた最も重要な暮らし空間に関して、心豊かな日常の暮らしを実現するには、余りにも小さく仕切られた間取りが、結果的に多くの問題を残している現状があります。リノベッタは、それに対する一つの策として、今後、早急に実現させなければならないテーマとして捉えています。リビング&デザイン展は、それらとの関連もあって設立されました。昨年で8回目を迎え、当初より出展社も増えて、特に外国からの出展社も増えました。

長島 それは家具ですか。

喜多 インテリア資材や家具です。あとは、積水ハウスやダイワハウス、ダイキン、三菱電機など、暮らしやインテリアに関する大手企業からの出展も増えています。

長島 ほかに建築家の坂茂氏らによるセミナーも開催されました。

喜多 大変素晴らしいセミナーで、席が足らない程、大入り満員でした。これまでにも、妹島和世さん、内藤廣氏、隈研吾氏など、他にも毎年、素晴らしい講師に恵まれてきました。出展社のアンケートで特に際立ったのが、実際の仕事の成功につながったという結果です。90%以上の方が、ビジネスにつながると回答されていました。

お蔭様で各方面から評価を受けていますが、その理由は全体を通じて暮らし環境、住まいづくり産業が発展基調にあるということと、中小企業の中でも、質の高い内装資材や家具製作を新たな視点で始めようという企業が増えていることがあります。後者の例では、滋賀県から近江家具を復活させようという出展社が、100年以上の歴史を有する大阪の椅子張業組合親和会のメンバーの出展があり、いずれも大きな反響がありました。

海外からの出展社についても、画期的な内装用塗料や木材、大理石の建材を扱ったイタリアのFLOMIO社等や、初回から参加している家具のMAGIS社などの企業は定着してきたように思えます。今回は、カナダの木材メーカーや、タイのインテリア関連企業やドイツやベルギーなど、そして、在大阪・神戸アメリカ総領事館商務部からの出展もありました。グローバル化が進んでいます。

インタビュー時

長島 もう一つ、リノベーションについてですが、高齢化社会の中で、お年寄りの方が寂しくなく暮らしていけるスタイルの構築、これが厚生労働省や経済産業省でも至上命題になっています。今回会場ではどのように打ち出したのでしょうか。

リビング&デザイン8年間で成果

喜多 特に会場で直接打ち出したということはありません。只、リノベッタプロジェクトでは、60m²、70m²、80m²のマンションにおいても、新婚の方や、子育て、高齢者が心豊かに暮らすためのプランを考えています。コミュニケーションや人との出会いなど、在宅介護は今後、ますます大切です。マンションリノベーションのリノベッタへの参加企業の一例ですが、今のところ、大川や静岡など各地のオリジナルの家具が採用されています。これはスケルトンにする費用や、キッチン、トイレなどの水回りの入れ替えと、好みの建材や色調で、新しく内装をして800万円前後、そこに200万円相当のデザインや質の高い家具を提案しています。こういった取り組みが推進されれば、お客様も招けて、暮らしが劇的に変わり、結果、生活文化や産業経済の発展、内需拡大につながると考えています。ぜひ、これらに家具も含めて、ローンという形で具体的に後押ししてほしいものです。

長島 これからのリビング&デザイン展の方向性もそういったもので決まってくると思います。

喜多 今年の2月頃に発表されることを目指して、機能的で部屋をきれいに設える、リノベーション向けに、日本の住まいに合う自然素材の内装材や家具の開発も進めています。

長島 つまり、プロジェクトやコラボレーション、地域生産地間の活性化といったことが問われてくるということでしょうか。

喜多 そうです。今年1月には、MILANOHOMI展に出品予定の秋田スギを活用した家具は、非常にオリジナリティにあふれているものに仕上がりました。スギ材は使い方によって、椅子やテーブルに応用できます。他にも広葉樹を活用した曲木椅子など、秋田ブランドとして、日本の家具を世界にアピールすることを考えています。

長島 プロジェクトの主導を担っているのは秋田県ですか。

喜多 地方産業の発展がテーマで、官民一体です。

長島 こういった秋田スギを扱うようになったきっかけはなんでしょう。

喜多 秋田の素材業者さんの製品を見て、日本らしいオリジナルの家具の一つとして、優れた県産材を活用できないか、豊富なスギやブナを新しい素材として扱うことはできないか、ということで着手しました。このプロジェクトの協力者を得て、生産にあたって、技術力のある家具会社を募ったところ、小さな工房も含めて何と9社が集まりました。

長島 次に業界内の模倣品の問題です。結局モラルに行き着きますが、喜多さんも家具経済同友会で類似品対策委員会の顧問の立場でお願いしました。今後、どういった点がキーポイントになりましょうか。

喜多 本当は消費者の方々が模倣に対して知識をつけるべきなのでしょうけれど、なかなかそこまでいっていません。そのためプロである我々が考えていく必要があります。販売店も、そうしたものを扱わない努力をするべきですが、やはり行きつくところは、生産企業のモラルになると思います。

長島 これは開発問屋、貿易会社など仲介業者も含めてでしょうね。海外で模倣をさせる事案も多くあります。

喜多 デザイナーも細心の注意を払う必要があるでしょう。私はヨーロッパで仕事をすることが多いのですが、開発中に雑誌に似たようなものが出ているのを誰かが見つけた段階で、すぐにその開発を中止します。それをしないと企業ブランドに傷がつくことがわかっているのです。逆に日本の場合は、せっかく作ったのだから発売しようということが多い。自社のブランドを守るためにも模倣を避ける動きは、ヨーロッパのほうが徹底していると思います。

長島 あらゆる製品や流通、製造分野において、今までのようにバブルが終焉して価格やコストを下げるという風潮になっていますが、それが例えば建築であれば偽装設計や、我々の世界でいうと安物や類似品になってしまいます。

いかに効率的に利益を生み出すかということが課題になっているようですが、これからは低価格ではなく、品質や、地球環境への負荷軽減が問われるようになってきそうです。新しい年を迎えるにあたって、今年はそうした転換の一年になると考えます。

喜多 日本は長く続いたデフレの影響で、なかなか低迷から脱せなかった。先に話しましたように、伝統的な産地が、もう一度グローバルマーケットに目を向け、低価格ではなく日本ならではのオリジナル製品を世界に発信していくことで、地域や日本のイメージの見直しを図っていければと考えています。世界で一番のモノを創るという使命が本来の日本にはあるのです。

しかし、残念ながらそうしたものを扱うマーケットが今の日本にはありません。だからこそ、アジアも含めて、外国に向けてマーケットを求めていく必要があります。そうしたことを、勇気を出して始めるべきです。今日、明日のこともあってなかなか決断できないようですが今、決断できるかどうか、そこが考えどころです。

今回の秋田の家具も、はじめから日本だけでなく、世界に通じるオリジナルを作ってマーケットを広げなければ、この低迷から抜け出せません。企業がモラルを持ってコピーを防ぐのも、もちろんですが、これからは企業が存続していくために、何をしていくかということが重要なのです。

長島 一つひとつ特徴を持たせ、視点を変えてオリジナリティを付加していく、この点が集まっていけば日本の技能やイノベーションがまとまっていって、大きなプロジェクトが生まれると思います。

地方の国産材や伝統文化で新住形態を

喜多 日本には、まだ世界一といっても過言ではない木工技術の土壌があるので、それをいかに高付加価値のモノづくりに育てていけるか、戦略を見直せば出来ないことはないと考えています。この日本独特のスギの木を世界中に発信していくことも、この秋田のプロジェクトの骨格にあるのです。

リビング&デザイン展に出展した近江の家具もその一環です。地元伝統のべんがら塗装を施し、一部はウォルナットですが、やはり地元の桧や杉材を用いた。これも世界初のモノを生み出そうと取り組んでいるものですが、熟練の職人達と製品の生産にあたっています。

インタビュー時

長島 近江の家具の発端はどういったところになりますか。

喜多 現地の企業から今までなかったものを作りたいと、ご相談を受けて、実現にこぎつけました。この企業が伝統の職人へ働きかけを積極的に行っていました。

長島 伝統工芸を復活させるとは、まさに工芸の医師ですね(笑)。

喜多 伝統技術や考え方を無くして日本の復活はないと思っていましたし、職人の皆様も非常にやる気に満ち溢れていました。

長島 秋田や近江もそうですが、大川や徳島など他の産地でもそうした動きは起こり得ますね。

喜多 多くの場合、日常の仕事で精一杯で、やるぞと決心がなかなかできない。市場の問題でもありますが、次に来る時代の準備も必要です。

長島 この先、さらにこうしたものを充実・拡大し、実際の暮らしに落とし込んでいくとなると、どういった構想を喜多さんはお持ちでしょうか。

喜多 やはりモノがありきですね。今のマーケットには、次にどういった方向で、という目標を持つ必要があります。そして流通です。

長島 喜多さんの事業を他に支えてくれる企業はいるのですか。

喜多 少ないですね。こればかりは本当に難しい。今後は何らかの形で賛同者に出会って、一緒に未来を語りたいですね。

長島 冒頭で話したリビング&デザイン展もそうした場所として有効ですね。ハウスメーカー等にも訴求できます。

今回、秋田で製作した製品も、現代様式や古民家などにも導入例が必要です。先ず地元で導入していかないとその地域の特性を理解してもらえない。今、はやりつつある古民家ホテルにも近江の家具が導入されそうです。昔の技術で作っているのは高齢の職人ですが、そこに若い方々の知恵を掛け合わせて、新しいものを作っていく。

そうすると、新しい年に一番取り組みたいものはどういったものになりますか。

日本のモノ作りを世界に発信

喜多 まずはマーケットをいかに広げていくかということですね。マーケットさえできれば、作る側としては安心できますから。日本の住宅事情を考えると、まずはリノベーションマーケットがある。生活や暮らしというものをどうとらえて製品開発を行っていくか、現実的に落とし込んでいくことでしょうね。消費者に、そんな夢を体験出来るモノづくりが急がれる。

長島 モノづくりはなくなりません。そこにどういったものを製品化していき、売り場展開していくかが問われているということでしょう。秋田や近江に限らず、いたるところに地場の家具はあるので、それを再び広め当たらせながら再生の道をもたらすというのが、喜多さんの抱負になるでしょうね。さて、正直にヴィジョンの進行度合いはどの程度でしょうか。

喜多 まだ2割程度ですね。それでも近々に、暮らし産業は次の基幹産業になることは間違いないと思います。そうでないと日本が危ない。

長島 なるほど、分かりました。新年から民のボトムアップで推進していくことも選択となってくることと思います。ありがとうございました。


この記事は紙面の一部を抜粋しています

Toshiyuki KITA | オフィシャルサイト

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