朝日木材加工(愛知県豊橋市、竹内武利社長)が、北欧セミナー”Behind the Design”を同社本社ショールームおよび東京ショールームで開催した。セミナーのゲストはHans Sandgren Jakobsen(ハンス・サンガイン・ヤコブセン)氏。フリッツ・ハンセンやアイラーセンなどのプロダクトのデザインを手掛ける、世界でも指折りのデザイナーであり、家具職人でもある。
そのヤコブセン氏が手掛けた、朝日木材加工のプロダクト「Bridge(ブリッジ)」「Elegance(エレガンス)」「Milestone(マイルストーン)」について、デザインや開発のエピソードなどが語られた。
ヤコブセン氏は駆け出しの頃、母国デンマークの巨匠デザイナーであるナナ・ディッツェルの事務所で修行していた。彼女の事務所では、自らがプロダクトをデザインすることも許されていたといい、グループ「スプリング」の仲間と一緒に展示会にも作品を出展していた。チームでは、木材の家具と布地のコンビネーションでプロダクトを考えていたと、ヤコブセン氏は語る。
トラフォルト美術館でのオープニングイベントでは、チェーンソーで「Yチェア」を粉々にしていくという派手なパフォーマンスで、当時の現地メディアや世間からの批判を浴びた。若手のデザイナーに仕事があまりまわってこなかった当時、いわゆる第2世代のハンス・ウェグナーをリスペクトする意味合いで、第4世代であるヤコブセン氏らがそれを破壊するというコンセプトだったようだ。「当時はかなりのバッシングを受けましたが、時間が経って解決してくれたと思っています」とヤコブセン氏は約28年前の当時を回顧した。
ヤコブセン氏の好きなデザイナーは、フィン・ユール。包み込むような家具を作る、フィン・ユールのデザインが好きだという。「私もさまざまな椅子をデザインしていますが、伝統をリスペクトするのも非常に大切です」と語るヤコブセン氏のデザイン事務所は、デザインスペースとは別の場所に、工房も備わっている。彼はデザイナーでもあり、家具職人でもある。祖父が家具メーカーに勤めていたというヤコブセン氏は、その祖父の時代からの道具も使用しながら、家具を製作しているという。
ヤコブセン氏と朝日木材加工が手を結んだのは、2012年のこと。ヤコブセン氏のデザインによって初めてリリースされたのが、「BRIDGE(ブリッジ)」シリーズだ。シェーカーの格言「美は便宜にもとづく」に重点を置いたデザインで、「家具はシンプルで使いやすいものでなくてはならない」という理念を表した、デンマークデザインの伝統のルーツに立ち返るアイテムでもある。
「新しいデザインを起こしたときに、これを実現できるだけの技術を木工メーカーがもっているかが大切であり、どこまでの技術があるかを見定めることになります。そのうえで、朝日木材加工との“ブリッジ”のデザインができました。座った時の手触り感も、座り心地の要素のひとつになりますが、”BRIDGE”は、どこを触っても手に馴染みやすいデザインに仕上がっています」と、家具職人の視点からもこの完成度に満足しているようだ。
「BRIDGE」は、新アイテムとして、イタリア発の新素材「LAMINAM(ラミナム)」を使用したセラミックトップテーブルを発表するなど、現在もラインナップを拡充している。今年の3月にベトナムで行われたHAWAエキスポの見本市にも出展するなど、海外への展開も積極的だ。
ベトナムでもセミナーを開催したが、同セミナーもデンマーク大使館において、「ブリッジ」チェアが使用された。ベトナムにはハイエンドなインテリアショップのオープンが続いており、そのようなショップにも「ブリッジ」が並んでいるという。
2020年にリリースの「Elegance(エレガンス)」は、2018年から開発が進められたが、そのルーツはカッシーナの軽量チェア「スーパーレッジェーラ」にある。朝日木材加工の前社長である竹内壽一氏は、1960年代のミラノサローネを訪れ、カッシーナの「スーパーレッジェーラ」に魅了された。「エレガンス」は「いつか自分の会社でこのような椅子をつくりたい」という竹内氏の思いから、開発に至ったという背景があるのだ。
「エレガンス」は、貫の部分を廃し、4本足のみで強度をとるというところをポイントとして、何度も試作品を製作したという。ヤコブセン氏も、自身の工房で構造体をつくり、朝日木材加工と互いに情報共有しながら、徐々に開発が進んでいった。
最終的に分かったのは、この細さで強度をとろうとすると、ホワイトアッシュでないと製作できないということ。しなりと柔軟性の点で、「エレガンス」にはホワイトアッシュが最適だった。座面に使用するロープは、ドイツ製のポリエステルだ。これを使用することにより、軽さと柔軟性、通気性を兼ね備えた。
「エレガンス」は2021年の「デンマークデザインアワード」のファイナリストの称号を得るなど、海外での評価も高い。
「Milestone(マイルストーン)」のコンセプトは、2021年に生まれた。コロナ禍だったため、開発のプロジェクトはオンラインで行われた。デンマークデザインの黄金期、デンマークが急成長した時代を思い起こすようなコンセプトのもと、家族や友人とともに過ごす時間を大切にできるように、という思いをもってデザインされた。
ヤコブセン氏は、「これが開発できたのは、朝日木材加工との信頼関係が築きあげられていたからこそです。このおかげで、オンラインでのやりとりだけでも開発がスムーズにできたと思っています。12年の付き合いがありますが、情熱ある職人が多く、共に働くことは楽しいです」と、同社との信頼関係を強調した。
サステナビリティの側面が重要視されつつあるなか、良い家具を長く使うというロングライフデザインも重要になってくる。リペアの体制も整えながら、日本、ベトナム、そしてデンマークの知恵と技術によって、ユーザーに豊かな暮らし空間を提供する。
なお、朝日木材加工は2023年、デンマークに代理店を設けた。来年以降はヨーロッパへ本格的に供給を進めるなど、よりブランド力の強化を図っていく。