――この度の上場おめでとうございます。上場というのは企業家としての一つのゴールかとも思うのですが、前々から上場を予定されていたそうですね。
北村 そうですね。コロナが少し落ち着いてから上場しようと計画していました。当初は準備期間として3年を計画していましたが、結果的に4年かかりました。しかし、いわゆる準備会社としては、比較的早い上場ができたと思っています。
――どのような思いから上場へと繋がっていったのでしょうか。
北村 企業として、事業を成長していくためのゴールではなく、通過点として設定しました。その理由は一般論で言うと、上場したことによる社会的な信用が増すことにあります。これにより、人材採用でもより優秀な人材の獲得につなげることができるでしょう。また当社はBtoBのビジネスも展開していますが、「非上場企業とは契約しない」という法人もいらっしゃいますので、その点でもBtoBビジネスの拡張を成し得たいと思っていたのです。
当社はミッションとして、「日本を空間時間価値先進国へ」ということを掲げています。人々が空間で過ごす時間の価値を楽しめるような国にしていく、その一翼を担いたいと考えています。欧米の1人当たりの家具インテリア消費高は、日本の約3倍です。日本の家具インテリアの市場規模は約1兆円と言われていますが、これは約3兆円まで引き上げられるポテンシャルがあると思っています。
そのうえで、当社が日本のインテリアの文化を高めていきたいと考えるなかで、事業領域の拡大などを行っていく上では、やはり信用や人材採用の強化が必要です。このような観点において、上場を機にパブリックになることを通じて、さらに成長のスピードを加速させていきたいと考えています。したがって、今後はこれまで以上に事業提携や、場合によってM&Aなどを行っていく予定です。これは同業他社のみならず、他業種の例えば観光業、ホテルを運営する企業になるかもしれません。既存事業を伸ばしながらも横展開を図っていきたいですね
――上場にあたって、資金調達面で何か影響はありましたか。
北村 今回、当社は東京証券取引所の東京プロマーケット市場に上場しました。しかし本来は東証のグロース市場へ上場しようと準備していたのです。グロース市場に上場するにあたっては監査法人に3年間見ていただきながら、証券会社の審査が通らないと上場申請ができないのですが、当社はグロース市場に上場するための審査もほぼ通っていたのです。
しかしながら、昨今のグロース市場の株価が停滞していることや、上場継続基準の見直し等により再考した結果、東京プロマーケットへの上場を選択しました。そして、東京プロマーケットへの上場の場合、基本的には(流動性が低く)資金調達に適しません。したがって当社も資金調達は行っていません。上場により、企業としてのガバナンス、コンプライアンスがより強固なものとなりました。
家具・インテリア事業は専門性高く
「人あってこそ」のビジネス
――BtoBでの売上のウェイトは、今現在でどのような割合なのですか。
北村 現在BtoCの売上が全体の約8割で、残りの2割がBtoBです。リビングハウスは元々セレクトショップから始まっているのですが、今はだいぶSPA型の形態となり、ミドルからミドルアッパー層をターゲットにショップブランドを展開してきました。このようなターゲットの方々に向けて、ヨーロッパのブランドを発掘し、商品提案の幅を広げてきました。富裕層の方に向けた家具インテリアのマーケットは、日本ではまだ十分空いていますから、このような層の方々に関心をもっていただけるようなブランドを今後もさらに発掘し、日本で独占契約をしてビジネスを展開していきます。このようにプライスゾーンを縦に伸ばしていくということも、我々がとっている戦略の一つです。
――リビングハウスで扱う商材について、雑貨などの拡大はあるのでしょうか。
北村 これについては、やはり店舗面積との兼ね合いの面があります。バランスを考えた際に、当社店舗の現在の平均坪数では、雑貨面積を割くとおそらく売上が下がるのです。当社の中で比較的面積が大きな店舗については雑貨も拡張しています。例えば関東では横浜の店舗が最も広いのですが、そこには昨年から資本業務提携したセンプレデザインさんのミニショップがインショップとして入っています。雑貨については、店舗面積との兼ね合いがあるわけですが、逆に言うと今後は他店舗も面積を広くしていきたいとは思っていますね。
【インタビュー2024】リビングハウス 代表取締役社長 北村甲介 氏 × センプレデザイン 取締役社長 神原久康 氏
――店舗について、年に何店舗ずつ増やしていかれたいとお考えですか。
北村 新しく店舗を出すには多くの費用がかかります。しかも、新しく店舗を設けたとしても、そこで販売するスタッフがきちんと揃っていないといけません。家具インテリアはアルバイトの人だけでは成り立たない、専門性が高いビジネスですから、「人あってこそ」。出店をたくさん行うことで既存店舗の人材が新店舗に移り、その結果既存店舗の売上が落ち、新店舗も伸びないとなれば、本末転倒です。したがって既存店舗の売上が落ちない水準を守り続けないと危ないと思っているわけですが、私が今思ってる限界値は年5、6店舗かなと。効率が落ちないように、マンパワーの平均値が落ちないようにしながら、ギリギリのせめぎ合いをしているわけです。
「家具市場を3倍にする」という信念、その原動力とは
――欧米における一人当たりの家具インテリアの購買額は日本の3倍近く、それゆえ日本も3倍のポテンシャルがあるはずだ、と上場時のインタビュー動画でお話されていました。この業界に入られた時からそのポテンシャルを信じ、そして当初抱いた社会的ミッションを忘れることなく事業を続けていける原動力はなんでしょうか。
北村 家具の市場規模が3倍になるというお話はポテンシャルであり、これが本当にそうなっていくためにはとても高い壁があります。だからあくまでもポテンシャルの話になるのですが、この原動力、なぜこう考えるに至ったかというのは私自身の原体験が関係していますね。
私は元々、いわゆる修行のようなことを家具関係の企業2社でさせていただいたのですが、当時はそこで配送スタッフとして働いていたのです。もう20年ほど前の話になります。高級住宅街にあるお宅を訪問することが多く、芸能人の家にも沢山行きました。しかし、その当時の私の感覚でも、9割の人の家のインテリアは「何か違和感のある」ものでした。立派なマンションや豪邸に住んで、車も高級外車に乗られているのに、インテリアについては大きな違和感がある、そのようなケースが圧倒的に多かったのです。
したがって私はそこで、これこそが「ポテンシャル」だと思ったわけです。そして20年前と今と比べて、世の中の一般の方々の家具インテリアへの思い、空間をおしゃれにしたいという欲求は、絶対に高まっているはずなのです。しかし日本の家具インテリア市場は大きくなっていません。それはやはり、ニトリさんなどのリーズナブルな価格帯の家具を中心に扱う巨大企業の影響を無視できません。
20年前と比較して、昨今はSNSなどを通じて一般の方々もインテリアの情報を沢山得られているでしょうし、良い空間にしたいというニーズは増えているはずです。したがって家具インテリアの販売点数は20年前よりも増加しているはずですが、ボトムゾーンで強力なシェアを持つニトリさんの影響もあり、全体の購買平均単価も下がっていると思います。ただ、ニトリさんではカバーできない市場のポテンシャルは、まだまだ沢山あると思っています。
またこの原動力は、私がこの会社の3代目であるということも大きな要因なのかもしれません。父の北村常明はリビングハウスの2代目であり、私が入社した当時は2店舗の家具屋でした。そこに入社してその後社長を継ぐことになるわけですが、その3代目として継いだのは「魂」なのです。先代は、日本の家具インテリアの文化をより良くしていきたいという思いをもって、本気で事業に取り組んでおり、それは傍から見ていても伝わってくるものでした。
実際に社長を継ぐとなったときに父に言われたことは「経営理念の考え方だけは引き継いでほしい。あとは何を変えてもいい、お前の好きにしてくれ」という言葉でした。仮に私が創業初代だったら、このような考えには至ることができていなかったかもしれません。必然的に、運命的に企業を継いだからそう思える、そして先ほどの配送時の原体験。これが「日本を空間時間価値先進国へ」というミッションの原動力として、今も私の根幹にありますね。
――北村社長に、そのような原体験やお父様の背中を見てきて、ミッションを堅持できる土台が培われてきたということがわかりました。しかし、それを仲間である社員や幹部に同じ思いを持ってもらう、企業理念やビジョンを共有してもらうためにどのようなことをなさっているのでしょうか。
北村 当社は新卒採用も中途採用も行っているのですが、最近は特に新卒採用には力を入れています。新卒採用では、企業は人材を選ぶ立場でありながらも、学生さんから選ばれる立場でもあるわけです。採用にあたってはもちろん、個々人の能力という観点はあるわけですが、当社がそれ以上に重要視しているのは、やはり理念についてはしっかりと説明するということです。新卒の方々はこの理念に共感して入社してくださる方が多いです。新卒社員の割合は、全社でみると約半分ほどですので、だんだんとその血が濃くなってきているということです。
当社には「リビングハウススピリッツ」という、我々の考えが定められた手帳を社員に配付しているのですが、その手帳を使っての教育・研修や、社内アプリで私が情報発信を行うなど、理念の共有に努めています。直近では3年ぶりに全社総会を開催したのですが、2日間で東京と大阪の2回にわたり開催しました。企業としての基本的な価値観を伝える時間、理念をもう一度復習するような時間は大切です。企業としてこのような方向に進んでいこうという、未来ビジョンを社員に示すことで、帰属意識やモチベーションの向上につなげることができるよう努めています。
「空間×時間デザインカンパニー」として未知の体験を提供
――リビングハウスの代表として、今後の事業発展にむけた「出会い」を獲得するため、どのような行動を意識されているのでしょうか。
北村 色々な方面に情報のアンテナを張りながら、様々な場所や企業を訪問し、多くの人に会うこと。これに尽きると思います。受け身でいては可能性も狭まりますから、可能な限り多くの方々に出会うようにしています。資本業務提携先なども、そのような経緯で知り合った方々ばかりです。人との出会いは、新たな刺激を受けるという意味で非常に大切ですね。
また、海外はインテリアの展示会に限らず積極的に視察しています。この3月には「アート・バーゼル ㏌香港」というアートの展示会にも、一度勉強で見に行ってみようということで初めて訪れました。その場ですぐにビジネスになるわけではありませんが、新たなつながりやヒントを得るための行動が大切だと思います。
――上場を果たされたわけですが、後継者についてもお考えのところはあるのでしょうか。
北村 私はリビングハウス創業家である北村家の3代目ですが、4代目を必ず後継にしようとは思っていないのです。もちろん、非常に優秀な子どもがいた場合、後継にする可能性はゼロではありませんが、今後の事業規模が今より大きくなっていることを想定すると、4代目が後継者となる可能性は低いと思っています。私の中で、ファミリーで企業を継いでいくということは最優先にありません。
それよりも企業自体の継続が最優先であり、そのことを考えた際、上場している方がより選択肢が広がると思っています。仮に、次の社長へとバトンタッチするとなった場合でも、上場企業であれば社内外を問わずより優秀なリーダーが継いでくださる確率は上がるわけですから。当社を継続していくにあたりベストであろう人が、その時点で社内にいる人材である可能性もありますし、あるいは社外から登用する可能性もあるでしょう。私は後継についてはフラットに考えています。
――最後に改めて、今後の事業展望についてお聞かせください。
北村 当社は家具インテリアという領域でビジネスをしてきたわけですが、空間をより良くするためには、「その空間で誰かが何かをする」、これ自体に意味があると思っています。したがって当社では「睡眠」「食事」「移動」「仕事・家事」「勉強」「ケア」「余暇」の7つの時間全てに空間が存在していると考えていますので、その空間×時間という領域において新規事業の立ち上げや、M&Aを通じて企業提携を行いながら、「空間×時間デザインカンパニー」として未知の体験をお客様にお届けしていきたいと考えています。
――お忙しい中、多岐にわたりお話しいただきました。ありがとうございました。
(聞き手 長澤貴之)






