
――今年もオルガテック東京が開催されます。6月3日からスタートしますが、見どころ、テーマについて教えてください。
髙木 昨年のインタビューでも、「SHIFT DESIGN」が継続的なテーマであることをお話ししましたが、その基本的な姿勢は今年も変わりません。今年はその考え方を踏まえ、「BORDERLESS オフィスは私へ。」というタイトルを、企画展示における新たな主軸の一つとして位置づけました。
この「BORDERLESS」という言葉には、単に働く場所が自宅やカフェなどへ広がったという従来の意味にとどまらず、オフィス空間そのものが構造的に変化し、より多様なあり方へと拡張しているという視点が込められています。たとえば、オフィスの中に居住空間のようなやわらかい要素やリラックスできる雰囲気が取り入れられ、働く環境がより個人にフィットする形に進化しつつあります。その結果、オフィスは単に「仕事をする場所」ではなく、一人ひとりが「自分らしくいられる場所」として意識されるようになってきました。
フリーアドレスが一般的になった現在でも、多くの人が“なんとなく毎日同じ場所に座ってしまう”ということがあるように、人は自分の心地よい場所を自然に見つけています。今後は、そうした「自分が選びたくなる場所」をどう設計していくかが、オフィス空間づくりの大きなテーマとなっていくでしょう。従来のフリーアドレスは、ただ「どこに座ってもよい」という自由さを重視したものでしたが、近年はそれを一歩進め、「集中できる場所」「アイデアが生まれる場所」「静かに語り合える場所」など、用途や目的に合わせた多彩な空間が生まれてきています。
「BORDERLESS オフィスは私へ。」という言葉は、場所としての自由を示すだけでなく、自分らしく働ける場所を自ら選ぶという新しい視点を象徴しています。オフィスという空間が、よりしなやかに、そして自然に、私たちの働き方や感覚に寄り添う時代が始まっているのです。
――画一的な空間でなく、カスタマイズされた空間、多様性のあるオフィス空間が増えているということですね。
髙木 コロナ禍を経て、多くの企業が出社体制を見直してきました。現在では、全社員が毎日出社する企業も増えている一方で、依然として多くの企業が、何らかの形で在宅勤務を取り入れているのが実情です。こうした状況の中で、いま改めて「なぜオフィスに来るのか」という問いが、私たちに投げかけられています。オフィスは、自宅では得られない集中のしやすさや、同僚とのふとした会話から思いがけない気づきが生まれる場として、再評価されつつあります。
たとえば、ある議題について誰かが何気なく口にした一言が、思考の流れを変え、そこから新たなアイデアが生まれる――そうした空気の重なりが生まれるのも、同じ空間を共有しているからこそでしょう。こうした急速な変化が進んだ背景には、やはりコロナが大きな転機となりました。これほど短期間でオフィスのあり方が進化した国は、世界的に見ても珍しいのではないでしょうか。これまで「働き方改革」や「ワークライフバランス」といった言葉が広まり、働く人の多様なスタイルを尊重する動きが進んできました。
そのなかで求められているのは、在宅勤務の可否だけではなく、出社して働く空間そのものが、心地よく、生産性を高められるものであることです。すべての人にとって、無理なく、自分らしいリズムで働ける環境づくり――それこそが、これからのオフィスに求められる本質であり、企業にとっての重要なテーマになっていると感じています。
――過去の出展を見ると家庭用家具メーカーの出展も多くありました。オフィス市場への進出で大切なことはなんだと思いますか。
髙木 トータルコーディネートの視点が、より一層重要になってきていると感じています。たとえひとつの製品が優れていても、それだけで選ばれるとは限りません。大切なのは、その製品が空間全体のデザインやオフィスのコンセプトにどう調和しているかということです。実際、あるオフィス家具メーカーが手がけた事例を見ても、単に製品を納めるのではなく、空間全体の雰囲気づくりや過ごし方まで含めて提案することで、より高い評価を得ているケースが増えてきています。
コロナ禍では、在宅勤務の広がりにより、住宅に適したコンパクトな事務機器が取り入れられました。そしてその流れが反転するように、今度は住宅的な要素――たとえばリビングのような柔らかさや、キッチンを思わせる気軽な雰囲気――がオフィスに持ち込まれるようになってきました。それは単なる空間演出ではなく、居心地の良さや働きやすさを追求するという、新しいオフィスの在り方のひとつとも言えるでしょう。
とはいえ、そうした要素をオフィスに取り入れるにあたっては、製品そのものの魅力だけでなく、空間全体とのバランスや使い勝手までを見据えた提案力が求められます。オフィスという場がこれまで以上に多様で個性的になっていくなかで、製品と空間の関係性をどう築いていくか。その視点こそが、今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。
――空間でのソリューション、空間のデザインが大切だということですね。
髙木 はい、それはオルガテックがこれまで大切にしてきたテーマでもあります。
空間をどのように構成し、そこでどのような体験や価値を伝えていけるか。製品単体ではなく、空間全体としての魅せ方や過ごし方の提案が、これからさらに求められていくと感じています。そのような視点を、出展企業の皆様とともに共有しながら、来場者の皆様に対しても新しいオフィス空間の在り方をご提案していきたいと考えています。
――今年は南ホールでの開催に変更となりました。
髙木 今回は、前回の東ホールから南ホール(1〜4)へと会場を移しての開催となります。会場側の都合もあり、展示面積は前回の約2万5千平米から2万平米へと、ややコンパクトな構成となりました。会場は上下階に分かれており、来場者の皆様に両フロアを回遊していただけるよう、動線の設計にも工夫を凝らしています。開会式やセミナー、エクスペリエンスエリアといった注目コンテンツを上階に配置し、空間に自然な流れと高揚感を持たせるようにしました。
上階には大型ブースの出展が多く、今回はそのスケールを活かし、ホール全体の照明を落としたうえで、各ブースが独自のライティングによって世界観を立体的に表現するという試みに取り組んでいます。昨年のエクスペリエンスエリアで展開した照明演出を上階全体に広げるかたちで、来場者が光と空間の中に包み込まれるような、深い没入体験を生み出すことを目指しています。この手法はケルンのオルガテック本展でも用いられており、東京での導入は今回が初となります。出展企業の皆様には事前にご案内し、それぞれ照明計画を立てたうえでご準備を進めていただいています。
――セミナーも開催されますね、そして本展の大きな特長の1つ、オルガテックナイトは今年も開催するのでしょうか。
髙木 はい、今年もいくつかのセミナーをご用意しております。海外からは、イギリスの建築学者、クロード・ダットソン博士をお招きします。博士は、シリコンバレーをはじめとする先進地域における「働く空間」と「建築」の変遷を長年にわたり研究されており、空間設計やオフィス環境の進化について、国際的な視点から語っていただく予定です。学術的な側面も含まれる内容ですが、来場者の皆様はもちろん、出展企業の皆様にとっても、新たな示唆を得られる貴重な機会になると考えています。
また、昨年ご好評をいただいた「オルガテックナイト」も、今年も2晩にわたって開催いたします。いずれも17時から行い、会期中のブースコンセプトを称える表彰セレモニーも予定しています。さらに今年は、「オルガテックサーカス」と題したパフォーマンスも実施予定です。展示会に彩りと動きを添える演出として、訪れる皆様に楽しんでいただければと思っています。展示会は、ビジネスの場であると同時に、人と空間、そして感性が交差する場でもあります。今年も、そうした多面的な魅力を大切にしながら、心に残る体験をご提供できればと考えています。
――昨年、言語対応のお話もありました。
髙木 はい、言語は決してバリア(障壁)ではなく、ブリッジ(架け橋)であると考えています。今年もその方針のもと、しっかりと対応を進めていきたいと思っています。まず、運営側が掲示する案内類はすべて日英のバイリンガル表記とし、どなたにとってもわかりやすい環境を整備します。さらに、昨年に引き続きAI翻訳システムを活用し、セミナーでの字幕表示も行います。
また、昨年から導入している二次元コードによる多言語対応も継続し、参加者が自身のスマートフォンを通じて、自国の言語で内容を確認できる仕組みを引き続き提供してまいります。具体的には、英語や日本語で行われるスピーチについては、会場スクリーンに日英いずれかの字幕を表示し、それ以外の言語については、二次元コードを読み込むことで翻訳内容にアクセスできるようにしています。
さらに、イヤホンをご持参いただければ、翻訳された音声をリアルタイムで聞くことも可能です。昨年の開催を通じて、AI翻訳の有効性や利便性について多くの手応えがありました。一方で、海外出展企業様との商談ややり取りの場面では、より確実な言語対応が求められるケースもあるため、必要に応じて通訳の手配やサポート体制の強化も視野に入れています。
ただし、海外企業が日本市場に本格的に参入する際には、日本語への対応が避けられない場面もあります。たとえば、ロジスティクスの調整や最終製品の品質確認・仕上げ工程に関わる打ち合わせなど、業務上の実務コミュニケーションでは日本語が必要とされる場面が多く、展示会での言語支援に加えて、その先を見据えた対応が求められると考えています。海外からの来場者については、AI翻訳の活用や出展企業様のご協力により、円滑なコミュニケーション環境の整備が徐々に進んできていると感じています。
――来年以降のオルガテック東京の展望を教えてください。
髙木 2025年と2026年の開催については、東京ビッグサイトの施設改修に伴い、現行の展示規模を維持する形となります。一方で、2027年から2031年までの5年間について、JOIFAさんとの戦略的パートナーシップを延長することで合意に至りました。この新たな期間において、日本市場はもちろん、アジア全体への訴求力をいかに高めていくかが今後の重要なテーマです。基本的な方向性はこれまでと変わりません。オフィス空間を起点としながらも、ホスピタリティ産業や公共空間、専門性の高い施設領域にも対象を拡大し、提案の幅をさらに広げていく構えです。
取り扱う領域においても、空間の過ごし方や機能性を再定義するような要素を、今後のテーマとして検討しています。ワークプレイスの中における「動き」や「交わり」が生まれるポイント——そうした場所に、より多様な設計アプローチが求められていると感じています。従来のカテゴリーにとらわれず、空間の中でどのように人と人が関わり、どのように使われていくのか。その視点から提案できるプロダクトや仕組みには、まだ多くの可能性があると考えています。変化の起点となりやすいオフィスというフィールドから、そうした視点を少しずつ広げていければと思っています。
――今後の展望についても詳しく教えて頂きました。本日はお忙しい中、誠にありがとうございました。
(聞き手 長澤貴之)