――先日発売された著書『こだわらないブランディング』を拝読しました。藤井社長は20歳の頃に上京され、アパレル業界で日本一のパタンナーを目指そうと志を立てられたと伺っています。当時の代表だったお兄様とは別の道を歩む決意をされていたはずですが、その後ほどなく、家業に戻られています。当時、何か大きな心境の変化があったのでしょうか。
藤井 まず、アパレルに入った理由は、著書には書かれていませんが、ヨウジヤマモトさんなどもそうであったように、一流の販売員として現場を経験することが大切だと考えていたからです。また、本書ではパタンナーと書いてあったのですが、実は志望していたのはマーチャンダイザー(MD)でした。
最初に入社したそのアパレルの会社では、まず営業を経験するようにと言われ、半年ほど営業に専念しました。とても良い会社で、そこでの経験も大変勉強になりました。しかし同社に在籍する時間が長くなるにつれて、当初自分が思い描いていた「企画」や「マーチャンダイザー(MD)」の理想像と実際の仕事の間に差異を感じるようになったのです。それで、一度実家に戻って考えてみるのもよいかもしれないと思うようになったのです。強い決意で帰ったというよりは、「一度戻ってみよう」という自然な選択でした。
――そのきっかけの一つとして、当時のアカセ木工の社員の方が東京に来られた際に食事をされたと伺っています。
藤井 はい、当時の社員が東京に仕事で来ていたので、一緒に食事をする機会がありました。会社の状況について話を聞くことはありましたが、直接「戻ってきてほしい」と言われたわけではありません。雑談の延長で会社の様子を知る機会になった程度でした。
――著書を拝見すると、藤井社長は入社後さまざまな部署を経験されています。ご自身を経営者として分類するとしたら、どのタイプだとお考えでしょうか。
藤井 私の軸は営業寄りだと感じています。当社に入社して最初は営業を担当し、5、6年ほど全国を回りました。その後、婚礼家具の需要が落ち始めた頃に、兄が外回りを担当するようになり、私は製造サイドの業務を担うようになりました。ですので、製造に携わった経験もありますし、工場での研修も行いましたが、「ものづくり側」ではないなと感じました。
結果として、営業、製造、企画と一通り経験しましたが、やはり営業で培った現場感覚が強いです。お客様や市場と直接向き合う中で得た感覚が、現在の私の基盤になっていると考えています。
――藤井社長の著書を拝読すると、「良いものを作って売る」というよりも、「売れるものこそが良いもの」というお考えが伝わってきました。やはり営業志向の強い発想をお持ちなのだと感じました。
藤井 そうですね。私自身は「良いものを作って、それを売る」という感覚ではないかもしれません。もちろん、会社の中にはそういう考え方もありますが、どちらかというと、お客様のご要望に沿ったものづくりが多いと感じています。直営店がありますので、お客様が「こういう商品を求めている」という声を直接聞く機会が多いですし、販売店や得意先である家具店様からも、「こういう商品が必要だ」「これを当社は求めていない」といった具体的なフィードバックをいただきます。
そうした情報をもとに「では、こちらのような商品はいかがでしょうか」と商品を開発し、ご提案する。そのように、市場やお客様のニーズを中心にした発想で取り組んでいるという感覚です。お客様のニーズを把握し、それを商品やサービスに反映させることは、当社にとって非常に重要な要素だと考えています。
――AKASE GROUPは事業の多角化を積極的に進めておられますが、これはフットワークの軽さを重視するところが大きいのでしょうか。
藤井 そういう面もありますが、一番の理由は「ライフタイムバリュー」を意識しているからです。家具を購入していただけることはもちろんありがたいのですが、当社には家具以外にもさまざまなサービスがあります。たとえばプラズマメドベッド事業やフィットネス事業など、暮らしや健康に関わるサービスを幅広く展開しています。
さらに最近では、レトルトカレーの「マスターウォールカレー」も発売しており、すでに3回目の生産を行っています。お客様に家具を買っていただくだけでなく、カレーを食べていただく、フィットネスを利用いただくなど、さまざまな接点を通して長く関係を築いていく。そうすることで、お客様に当社を忘れられない存在として認識していただける。結果的に、それがライフタイムバリューの向上につながると考えています。
――以前やられていたハウスメーカー向けの受注生産を撤退され、「マスターウォール」に注力し、大きな柱を築かれました。現在はさらにもう一つ、新しい柱を構想されているのでしょうか。
藤井 はい、新しい柱を模索しているのは事実です。たとえば、飲食事業としてカフェをオープンしたばかりですが、この8月は比較的多くのお客様にご来店いただき、手応えを感じています。ただ、今の段階で「柱になる」と断言できるかというと、まだ不透明です。
また、プラズマメドベッド事業やフィットネス事業も並行して進めていますが、いずれも投資額が大きく、回収には時間がかかります。たとえばフィットネス事業では、1店舗あたりの利益率は悪くないのですが、それ単体で「大きな柱」になるかというと難しい面もあります。
したがって、一つの事業で大きな柱を立てるというよりは、家具をはじめとした複数の事業を組み合わせ、総合的に企業全体を支える仕組みにする方針です。単体では難しい領域も、複合的に展開することで新しい可能性を広げられると考えています。
――積極的に新しい取り組みを進めておられる印象があります。その背景には、例えばアクタスさんと協業してA-Styleを運営されたように、「まずやってみることで経験になる」というお考えが強いのでしょうか。
藤井 新しいアイデアが浮かぶと「まず試してみよう」という姿勢で臨むことが多いです。ある意味では「実験的に取り組んでいる」感覚に近いかもしれません。もちろん、結果として私たちの経験にはなりますが、うまくいかないことも多いのも現実です。
飲食事業もその一つです。実は十数年前にも一度飲食業に挑戦したのですが、その時はうまくいかず撤退しました。現在の本社がある岡山県の里庄でも、3年前に新たな飲食店舗を開設しましたが、こちらも思うように結果が出ませんでした。
それでもまた再挑戦を決めたのは、ショールームへの集客力を高める狙いがあったからです。家具業界全体の市場は、人口減少の影響もあり、需要そのものが縮小しています。そこで、集客装置としての役割を期待し、カフェ事業を組み合わせることにしました。カフェで椅子に座っていただき、隣接するショールームで家具をご覧いただく。そうした流れを作ることで、家具の購買意欲を高められるのではないかと考えたのです。しかし、この方法だけでは収益構造が赤字に陥りやすいという課題がありました。
そのため今回は、単なる集客装置としてではなく、「飲食店単体で黒字化できる仕組み」を重視しています。飲食事業自体が自立して成り立たなければ、家具販売との相乗効果も得られないと判断したためです。現在、その店舗には私の息子が店長として就任してもらい、また飲食専門のコンサルタントにも協力を仰ぎ、本腰を入れて事業を進めています。家具事業のノウハウは飲食には通用しませんので、立地選定や競合分析など、専門家の助言を受けています。
また、飲食ではSNSの活用も非常に重要です。家具のコンテンツはSNSで拡散しにくいですが、かき氷など飲食コンテンツは「バズりやすい」傾向があります。実際、投稿後すぐに1,000フォロワー増加するなど、家具とはまったく違う反響を実感しています。こうした点からも、飲食事業は可能性があると考え、本業同様の力を注いでいるところです。
――会社の体制と会社の今後について少しお話を聞かせてください。
藤井 過去にはカンパニー制やプレジデント制を導入したこともありました。現在は、私はCEOとして経営全体を統括し、副社長の後藤がマスターウォール家具事業やジェルバゾーニ事業などのCOOを務めています。ガバナンスを効かせるためにも、私が一歩下がる形を取っています。
また、フィットネス事業については2025年10月1日付で子会社化し、AKASE GROUPが100%出資する形に移行する予定です。現責任者の原田が子会社の社長に就任予定で、私は会長として支援に回ります。このように、少しずつではありますが、将来を見据えた体制整備を進めているところです。
――昨年末にAKASE GROUPという社名に変更されましたが、これはホールディングス会社のような位置付けですね。
藤井 そうですね。先ほど申し上げたように、当社は家具事業を中心に、カフェやフィットネスなど、さまざまな事業を展開しています。ただ、これまではすべての事業が「家具事業」に付随する形で一体化していたため、どうしても経営資源の分散が課題になっていました。
そこで「選択と集中」を実現するために、家具は家具、フィットネスはフィットネスといった形で事業を分社化し、それらを取りまとめる役割としてAKASE GROUPという体制にしたのです。家具に関しては家具に特化し、ライフスタイル関連の商品も含めて一貫して家具会社が担う。そして、それらを俯瞰し、全体を統括する存在としてのホールディングス会社というイメージです。もちろん将来的には再び一体化する可能性もありますが、現状では集中と分業を進める方針です。
――マスターウォールを含め、将来的には多くの柱をつくり、最終的には売上1,000億円を目指す、という構想もお持ちだと聞きました。
藤井 はい。昨年12月にAKASE GROUPへと社名を変更し、「Happiness in Life」という大きなステートメントを掲げました。私たちが目指すのは、家具にとどまらず、衣・食・住・遊・知・健康・音楽といった幅広いライフスタイル全体に寄り添う提案です。例えば衣服については、アパレル業界で学んだ経験を活かし、岡山のデニムメーカーと組んだワークウェアや、マスターウォールらしい上質なルームウェアの展開なども可能性があるかもしれません。食ではカフェやレトルト食品、住では住宅や家具・インテリア、遊ではホテル・旅館との連携、知では「AKASE大学」による接客研修や営業ノウハウの外部提供、健康ではフィットネスやプラズマメドベッド、美容分野への拡張も視野に入れていますし、音楽ではかつてセレクトレコードなども展開していたこともありました。
こうした複数の柱を相互に結びつけることで、「ゆりかごから墓場まで」ではありませんが、生まれてから最期まで、当社の商品やサービスに触れていただける「ライフタイムバリュー」を実現したいと考えています。
――時代の流れが加速する中、今後5年をどのように捉えていらっしゃいますか。
藤井 今後5年については、ある程度「成り行きに任せる」部分もあります。人口減少は避けられませんが、その中でも新しい需要をどう開拓するかが重要です。例えば、ミヤモト家具と共同開発したオリジナルブランドの「レンセイ」シリーズは非常に好調です。
従来、マスターウォールは取り扱える販売先が限られていると考えていましたが、このシリーズは新たな販路を広げる可能性を持っています。まだまだ開拓できる家具店は多く、マスターウォール単体では届かない領域に「レンセイ」を通じて水のように浸透させていく戦略です。今後もこうした新ブランドや新サービスを積極的に打ち出し、お客様の反応を見極めながら柔軟に事業を拡大していきたいと考えています。
企業の実績としては、今期は40億円超を視野に入れた強気の計画を立てています。また、10年後には年間100億円の達成を目標にしています。実現に向けて、右肩上がりで成長し続ける体制づくりに力を注いでいるところです。
――一方で、家具業界は厳しく、粗利面で各社が苦戦している印象があります。実情はいかがでしょうか。
藤井 他社さん同様、当社も決して楽な戦いではありません。要因としては、変動費か固定費かにかかわらずコストが上昇していることが挙げられます。材料費については仕入先の努力やラインナップの変更、工夫で抑制してきましたが、今後はウォールナットが値上がりする見込みです。中国の需要が一服する一方で、現在はベトナム向けの注文が増えており、その影響で価格が上昇するのだと見ています。
また当社は直営店舗の比率が高いぶん人員が必要になります。賃上げの影響も加わり、こうした要素が販管費を高めているのは事実です。だからこそ、ここは踏ん張りどころだと受け止め、収益構造の改善に取り組んでいるところです。
――人材について、経営者の皆様から悩みを伺うことが多くあります。御社では人材面でどのような課題や方針をお持ちでしょうか。
藤井 悩みが全くないわけではありませんが、総じて良い人材が入社していると感じています。退職者が出ることもありますが、会社が変化していることに対する一つのバロメーターだと受け止めています。
来年は10人以上の新卒が入社を予定してくれています。いつもよりも多くの人数が集まってくれました。とはいえまだまだ人手不足感はあります。昨今業界でも話題の技能実習生も取り入れています。まじめな方が多く、工場の戦力として働いて頂いています。
私は採用強化には、働き手が集まる仕組みづくりが不可欠だと考えています。工場近接のカフェ運営もその一環で、店舗があれば「ここで働きたい」と感じてくださる方が現れるかもしれません。
また、私の経験則として、採用と集客は相関します。そして採用時にすぐに応募が来る地域は当社の認知が進んでおり、また売上も伸びやすいのです。一方、人が集まらない地域はすべてその逆です。
ですので、「まずは知っていただく」活動を重視しています。家具そのものの情報発信に加え、「新しいことに挑戦している会社だ」と認識していただける施策も必要だと認識しています。
――藤井社長がお持ちの経営ビジョンを社員と共有し、共感を広げるために、どのような取り組みをされていますか。
藤井 昨年10月からタウンホールミーティングを始めました。背景には、10年後に売上100億円を目指す計画があります。中小企業庁の「100億宣言」に沿った目標でもあり、達成の鍵は人材だと捉えています。人員は増やし過ぎてもいけませんので、離職防止とガバナンス強化を両立させる体制づくりを進めているのです。
具体的には、私が一歩引き、HR(人事部)を新設しました。従来は店長が人事相談や生活面の悩みまで抱え込み、生産性が下がる場面がありました。現在は人に関する課題をHRが受け持ち、ものづくり部門は製造に、営業部門は営業に、販売は販売に専念できる環境を整えています。
タウンホールは私が一方的に話す場ではなく、計画書や事業方針に対して社員や店長が私に質問を投げかけ、私が答える形式にしました。月1回の開催を基本とし、対話を通じてビジョンと戦略の解像度を高めているのです。社内報も運用し、内容がアーカイブとして残るようにしています。
以前は私が全部署の会議に参加し、製造の細部まで関与していましたが、現在は副社長がオペレーションを担い、私は毎週月曜日のボードミーティングで、家具・フィットネス・カフェの各事業責任者と売上の着地見込みや課題、総務領域のハラスメント等のインシデントの有無を確認しています。こうした取り組みによりガバナンスを強化しながら、ビジョンの共有を進めています。
――お忙しいところ、多岐にわたりお話しいただき、ありがとうございました。
(聞き手 長澤貴之)






