【デザイナーインタビュー2024】PLOW DESIGN 代表 田邊耕治 氏 個展「家具デザイナー 田邊耕治の椅子展」開催、家具産地静岡の地から生み出すチェアデザインへの想いを訊く

――昨年の開催に引き続き、2回目の個展開催ということですが、前回と比べて手応えなどはいかがですか。

田邊 今回は、私なりのテーマに沿って、椅子に限定した展示を行いました。会期中にはトークショーも行うなど、前回開催よりも「伝えたいこと」を伝えることができたと感じています。静岡市文化・クリエイティブ産業振興センター(CCC)を会場にさせていただいたのですが、この場所で開催したいと考えた理由は「若い人たちに見ていただきたかった」ということです。私自身、学生時代に訪れた椅子の展覧会で刺激を受け、家具の業界を志すようになりました。そのような意味でも、若い人たちに見てもらいたいなというのが理由でしたね。

現在、静岡デザイン専門学校でも講師をしているのですが、授業の一環で学生が100名ほど見学しました。静岡は家具産地ではあるのですが、私が学生だった頃の時代より、憧れが持ちにくい時代になってきていると思うのです。これは、もの作り全般がそうなのかもしれませんが、特に家具においても展示会などは縮小傾向です。やはり「憧れを持つことができるか」という点は大切だと思いますから、学生にとって刺激になれば、という思いも持っていました。

家具デザイナーとしての原点として、思い入れがあるという「MA」。日本人が持っている意識や潜在的な感覚を形にできないかと考え、学生時代にデザインしたもので、柱と柱の「間」を表現。「当時“自己表現”としてデザインしたもので、今ではできないでしょう」と田邊氏。学生にとったアンケートでも、最も印象に残ったチェアに選ばれたという

――田邊さんがデザイナーを志すことになった経緯について、どのようなきっかけがあったのでしょうか。

田邊 私の出身大学は静岡文化芸術大学で、当時の空間造形学科に在籍していました。どちらかというと建築に近い分野でしたね。私自身、元々は建築に憧れてその学科に進んだのですが、2年生の時に学校の課題の中で椅子をデザインできる機会というものがあったのです。そこで、今回の個展でも展示している作品「MA」をデザインしました。その授業は本来、住空間をデザインするインテリアデザインの授業だったのですが、多少無理をしつつも「その住空間に合う家具」のデザインにつなげたのです。

この「MA」をデザインさせてもらった後に、静岡の家具の見本市「シズオカ[KAGU]メッセ」に出品しました。当時、展示会に新たに「デザイナーサテライト」という企画ができたので、そこにプロの方々のデザインに混じって出品させていただく機会を得たのです。

その「デザイナーズサテライト」に「MA」を出品した際に、様々な企業の方に「商品化してみませんか」といったお声がけをいただき、大きな自信になりました。当時の静岡の家具展示会自体も華やかでしたので、そのような業界への憧れも強くもちました。学んでいたのは建築的な分野ではあったのですが、自主制作的に家具を手掛けてやってきたのが、学生時代当時の流れです。

――大学卒業後は、家具メーカーに勤務されたそうですね。

田邊 静岡の家具メーカーである起立木工さんに入社し、約15年勤めさせていただきました。起立木工さんはもともと、いわゆる「箱物」のメーカーさんだったのですが、私が入社した頃は「脚物」のメーカーに変わっていこうとする、そのさなかでした。ただ、当時はまだ椅子づくりのノウハウが今ほどは持っていなかったようで、対して私自身は「椅子」を作りたい、という相互の思惑が合致したのです。

入社後は、主に椅子を作る工場に配属されました。今回の個展での作品にも、起立木工在籍時のものが多くあります。当時の企画開発について、例えば機械を導入する際などにも私がその研修に行ってノウハウを吸収しながら、その機械をどのように使えば起立木工らしさが出せるか、ということを考えながらデザインしていました。

起立木工の新作「MORRIS(モリス)」のデザインも田邊氏が手掛けた

――インハウスデザイナーとして、ものづくりに関った経験は非常に大きかったということですね。

田邊 私の場合、初めからデザイン事務所に勤めたわけではなく、このように製造の分野が入口でしたので、非常に勉強になりました。特に今回の起立木工さんの新作「MORRIS(モリス)」などでもそうなのですが、私が大事にしたいと考えているのは、例えば「好きにデザインしてよい」というテーマが出されたとして、自己表現という形であればいくらでも好きなデザインはできますし、そのテーマに応えること自体はそんなに難しいことではないと思っています。

しかし、やはりそれを「商品」にしていかないといけない。ここがデザイナーとしての私の役目だと思っていますので、どのようにして「量産」していけるか、ということが大切になります。つまり、どのような機械で作っていくのかなどを考慮すると、いくら「好きにデザインしても良い」と言われても、妥協しないといけない面も出てきます。

私の場合は先ほども申しましたが、もの作りのメーカーが入口で、そこで育ったデザイナーです。したがって、作り手とも比較的スムーズに疎通がとりやすい。特に長年一緒に取り組んでいるメーカーさんとは、持っている技術を理解していますので、例えば「今回の課題に対しては、もう少し上を目指そう」といったことや「今取り組んでいることの少し限界を超えてくることとは、どんなことだろう」といったことが明確にわかってきます。

「ANELLO(アネロ)」(起立木工、インハウスデザイナーとして 2013年)

――何もないところからのスタートよりも、企業の力やカラーなどを把握しやすい、ということですね。

田邊 ただ何もない形でのもの作り、本当に漠然としかわかってない状態からのスタートだとすれば、「どこを目指すか」が見えないのです。企業の特徴をつかみ、提案しやすいというところは、インハウスが出自であるデザイナーの強みなのではないかと思っていますね。

「FLOW(フロー)」(起立木工、インハウスデザイナーとして 2014年、2023年リデザイン)
「OR-02」(起立木工、インハウスデザイナーとして 2015年)
「RADIUS」(起立木工、インハウスデザイナーとして 2018年)

――デザインにあたって大切にされている意識などはあるのですか。

田邊 「何と比べるか」というところを非常に意識しています。例えば起立木工さんの場合では、かつては箱物メーカーであり、椅子を作るメーカーではなかったわけです。当時すでに素晴らしい椅子を作るメーカーは多くありましたから、そのメーカーの製品と同列になることを目指したとしても、なかなか敵いはしない。したがって、スタート地点として「自分たちができることをどのように磨けば、他社とは違うことができるのか」ということを常に意識してきました。

元々は私自身も、いわゆる北欧家具のようなデザインに憧れてこの業界に入ってきたわけですし、そのようなことを手掛けたい、そして手掛けようとするのです。しかしそうすると、もっと技術の高いメーカーが沢山あったり、過去にデザインされたものにも負けたりしてしまう。

その土俵で他社ものと比較してしまうと、何のために開発してきているのかわからなくなってしまうこともありますし、企業としての立ち位置がはっきりしなくなってしまいます。やはり、「今自分たちが持っている技術、長けている技術を駆使して、その中で何ができるか」ということが大切ではないかと考えます。

「LEAP(リープ)」(起立木工 2021年)
「YOLK(ヨーク)」(起立木工 2022年)
「EMI」(ココチ・ヒロオカ 2022年)

――独立されるきっかけは、どのようなものがあったのでしょうか。

田邊 もともと独立志向はあって、入社した当時から「いつかは」という思いはありました。あとは、タイミングの問題です。もちろん、企業のインハウスデザイナーとして、ある程度その企業に恩返しをしてからだと考えていました。そのような中で次第に、「今この会社がどのような方向へと向かっていくべきか」という方向性が椅子の開発については見えてきました。したがって、私が外の立場からでも十分お手伝いできるだろうと考えた、そのタイミングで独立をさせていただいたという経緯です。

――少し話題は変わりますが、昨今のチェアデザインのトレンド感といったものについては、どのように捉えていらっしゃるでしょうか。

田邊 私なりに考えるところはもちろんあります。まず、特に「椅子」において、日本の市場というのはかなり狭いと思っています。特にデザインにおいて選択肢の幅が狭いのではないかと思いますね。一口に「椅子」といっても、あらゆる種類のものがありますし、過去から様々な椅子が製作されてきており、とても豊富ではあります。

しかしながら、例えば家具屋さんに行ったときに、椅子でどんなものが商品として置かれているかというと、いわゆる「売れ筋」しかなく、そのことによって、自分たちの小売市場を自分たちでさらに小さくしてしまっている。

これがヨーロッパなどですと、このような「売れ筋」のデザインばかりだけではないのだろうと思います。国民性もあるとは思いますが、あらゆる振り幅・遊び心がある製品も存在しますし、反対にとても堅実なデザインの製品もあるなど、選択肢が広く残されていることが面白いと思っています。

――ヨーロッパと比較すると、日本人のデザインの捉え方というものについて、どのようにお感じになりますか。

田邊 これについても、日本は日本の国民性があると思います。私見ですが、特に今の日本は「機能美」「シンプル」「ベーシック」などの言葉に捉われすぎてしまっていないかと感じています。確かにそれは一つの正解ではあるのですが、しかしそれだけが正解ではないはず。

もっとデザインとして視野を広げたとき、その家具を見たときに「心が動くもの」や、もっと言うとシンプルなものではなく「装飾的なもの」というのが、選択肢としての幅になってくるのではないでしょうか。このような商品が、家具市場を広げていくことにつながるのではないかと思っています。

起立木工さんから新たに発表した「モリス」のテーマも、そこにあります。この家具市場を自分たちがもし狭めているのだとしたら、それはやはり作り手のメーカーの責任でもありますので、メーカーがあえて「選択肢を広げていく努力」をもっとしてもいいだろう、と。

もちろんこのような製品ができたとしても、価格がとても高いとなると、それは選択肢の幅にはなりませんので、「ちゃんと買えるもの、買おうと思ったときにユーザーの選択肢に入る製品」になっていると、選ぶ楽しさの幅も広がることにつながります。

今回「モリス」のデザインにあたって意識したのは「実用」と「装飾品」、いわゆるアートのようなものの、ちょうど中間を意識しました。今の日本の市場において、それが選択肢になっているかというと、あまりなっていないように思うのです。先ほども申しましたが、今は「シンプル」なものがベーシックで一つの主流だと思いますが、その中であえて違うものを作りながら、自分たちなりの問題提起、自分たちの立ち位置を持ってくる、というところを今回特に意識しました。

――昨今の家具のデザイン業界の課題のようなものについて、どのように捉えていらっしゃりますか。

田邊 家具についてはもう少し「遊び心」のような要素が許容されたほうが、家具を使う側としてもきっと楽しいのではないかと思うのです。シンプルなものやベーシックなものについても、もちろん私自身も好きですし、建築家さんなどが選ぶ家具もそのようなものが選ばれやすいので、したがって売れ筋になるのも理解はできます。

しかしながら、そのシンプル、ベーシックなものを狙って作ろうとすると、焼き増しのようなことを繰り返すだけになりかねないと感じています。シンプルやベーシックなものというのは、「最初からそれを目指して作るものではない」と私は思っています。

昨今「ベーシック」と呼ばれているような家具でも、過去にさかのぼれば「挑戦的」な作品として、その当時は評価されていたかもしれないですよね。したがって「挑戦」があって、次の「定番」が生まれるのではないでしょうか。この「挑戦」をせずに、「シンプル」や「ベーシック」を作るといったことをやりすぎてしまうと、何か「前進」がないような気がするのです。

「杉胡坐」(プロトタイプ 2006年)

――次に、今回の個展のテーマでもありましたが、「静岡ならではのデザイン」というものについて、ご自身ではどのような認識で捉えていらっしゃるのですか。

田邊 今回の個展のサブテーマとして「椅子の新機軸を静岡から」という題を設定しました。これは、私がデザインした椅子がそうだと言っているわけではなくて、「椅子を静岡から新たに発信していきましょう」という呼びかけのつもりで、このサブテーマをつけたのです。

特に椅子に特化した産地ではない静岡ではあるのですが、面白い椅子を作っている方々も静岡にはいらっしゃります。何か一つ、自分たちを見直すことで、自分たちなりの椅子が発信できるのではないかと思っていますし、またそれが次の基軸になっていくようなこともあり得るのではないかと考えています。

それでは、「静岡の椅子」とはなにかというと、例えば先ほどの起立木工さんの例ですが「自分たちがもっている技術でできること」というものを改めて見直すことで、新たな椅子づくりというものができるようになってきています。

「静岡の家具」と言ったときに、私は他の飛騨高山や旭川のように何か象徴的なものがあるわけではないと思っていて、ずば抜けた技術というよりも、静岡はむしろ「あらゆる技術」を持っています。そのようななかで、それぞれのメーカーさんが持っている技術をもう一度見直して、そこから生まれてくる椅子というものがあるのではないかと思っています。

――具体的にはどのような事例が挙げられそうでしょうか。

田邊 例えば、箱物家具の製造技術を持っているのであれば、その技術を生かした椅子を作る。鏡台づくりの技術を活かした椅子などもあるかもしれませんね。静岡らしさがあるのだとしたら、「ここに来ると面白いものがある」というような、一点一点の面白さではないかと思っています。

逆に言うと、他産地に引っ張られないようなものこそが、「静岡らしさ」になるのではないかと思っています。どうしても、いわゆる巨匠のデザイナーの作品をベースに、無意識に作ろうとしてしまいます。私にもそのような気持ちはもちろんあるのですが、しかしそこを超えて、なんとか自分たちのオリジナリティのようなものを出せるようになってくると、「静岡らしさ」というものが出てくるのではないかと思っています。

――これはケースバイケースではあるとは思いますが、デザインを手掛けるにあたって、まずクライアントの意向が第一に来るのか、それとも相手先の技術に合わせて手掛けるものなのでしょうか。

田邊 クライアントのメーカーさんがまず「どのようなものを作りたいか」という課題がまずあります。特に椅子などの場合は「全部がパーフェクト」といった製品は当然生まれないと思いますので、ある程度「偏り」がある中で、どこに偏りを作るかが大切だと思っています。

――「偏り」とはどのような要素を指すのでしょう。

田邊 例えば、「ものすごく丈夫なもの」と、「ものすごく見た目にインパクトがあるもの」、「ものすごく座り心地が良いもの」、そのすべてを一体化させることができればもちろんベストなのですが、しかしそうするとなかなか「皆の心を惹くもの」は生まれにくい。「座り心地を良くしたい」のであれば、その要素に集中した開発の仕方がありますし、「尖ったデザイン」の発信を目指すのであれば、そのデザインに特化した開発の仕方があります。

したがってメーカーさんとの話し合いのなかで、どの部分を「偏り」として大事にしたいかというのを、ケースバイケースで話をしていく。「技術」なのか「メーカーの想い」なのか、「価格」なのか、そこをすり合わせて「偏り」を作っていけるように心がけています。

――その「偏り」、優先順位を見つけられるようにしていくことが、デザイナーの役割でもあるということですね。

田邊 やはり、作り手のメーカーさんとしては、なるべく全ての要素を網羅したいという思いは当然出てくるものです。しかしその中でも優先順位をどうつけていくか、それを見つけられるようにしていくことが、デザイナーの役割でもあると思っています。様々な技術面など、やはり作り手であるメーカーさんの方が詳しいですし、売り方についてもそうです。

したがって、デザインする私ができることというのは「整理すること」だと思っています。一緒に整理して、ある程度その中でどの要素を伸ばしていくか。そのような整理、提案をしていくことが、デザイナーとして大切にしている部分の一つです。

「一枚の椅子」(プロトタイプ 2007年)

――田邊さんは家具以外にも様々なプロダクトのデザインを手掛けていらっしゃりますが、現状のご自身の認識で、自分は「家具デザイナーだ」という認識であるのか、他のプロダクト全般も含めた「プロダクトデザイナーだ」という認識でいらっしゃるのか、どちらが当てはまるとお考えですか。

田邊 必ずしも家具のデザインのみにこだわりたいとは思っておらず、プロダクト全般のデザインを手掛けることが好きですので、全般に関わっていきたいというのが想いとしてはあります。ただ、私が得意としているフィールドは家具ですので、今回の場合は「家具デザイナー」と言い切った形での開催にしました。その方が、より期待感を持っていただけると考えたからです。

「SUGINARI」(プロトタイプ 2006年)

――家具デザイナーを志している若い世代の方々に、是非メッセージをお願いします。

田邊 学校の講義でも伝えていることではあるのですが、今回の個展では先ほども申したように、私が学生時代にデザインしたものも出品しています。今改めて見て、あのデザインが未熟かというと、またそれは違うと思っています。もちろん、直した方がよいと思う箇所もあるにはあるのですが、「デザインしたその当時でしか発想できなかった」と思う部分もあるわけです。

今は私自身も職業的なデザイナーですので、あらゆる価格やターゲット、作り方などを逆算しながらデザインの形が出てくるのですが、学生時代はそうではない。したがって、「その時にしかできない形」というものが絶対にある。逆に今、このような学生時代のようなデザインを発想しなさいと言われても、自分自身でも難しいと思っています。

特にデザイナーを志す学生さんなどは、「自らのデザインは、学校から出される課題で作るもの」と思いがちなのですが、それだけではないと思います。過去をみても、名作と呼ばれるものは、そのデザイナーが若い頃にデザインしたものというケースもあります。

私は学生であったとしても、「その時なりのデザイナー」であると思っています。したがって、「時」というものをきちんと大切にして、とにかく手を動かしてアウトプットを増やしながら、「今の瞬間」を大事にしてほしい。

おそらく、その瞬間に浮かんだインスピレーションというものは、次に同じものは来ません。「課題だ」と思って手がけたものでも、もしかしたらビジネスなどの世界に通用する、化ける可能性を秘めているかもしれないのですから。

――最後に、今後どのようなプロダクトを手掛けていかれたいか、抱負などをお聞かせください。

田邊 私は、過去に作られたプロダクトに憧れてこの世界に入ってきて、その道を進んできました。「その時だけに消費されるデザイン」ではなく、時代を超えていくようなもの、「次に繋がっていくデザイン」を手がけるデザイナーでありたいと思っています。デザインが古くならないという意味でもそうですし、使い続けていただけるもの、次の時代の名作になっていくということに憧れを持っていますので、そのようなデザインを一つでも二つでも生み出していけると嬉しいなと思います。

(聞き手 佐藤敬広)