【インタビュー2024】マルニ木工 代表取締役社長 山中洋 氏 ミラノサローネ出展を重ねて積み上げた、海外展開への想いを訊く

――今年も4月にイタリアの国際家具見本市「ミラノサローネ」に出展されました。まずは今年の見本市の感想や、出展しての手応えなどをお伺いできますか。

山中 コロナ禍が明けて、今年のミラノサローネの来場者は非常に多かったです。約37万人の来場があり、日本からの来場者も多かったですね。現在の当社の方向性として、脚物をこれまでずっと手掛けてきた家具メーカーですので、ダイニングテーブルやチェアは得意とするところですから、そこには非常に注力してきました。

その結果、商品のラインナップも充実をしてきましたので、次はリビングアイテムを強化しようということで、今回のミラノサローネはそのリビングを中心に出品しました。「MARUNI COLLECTION(マルニコレクション)」のデザインをお願いしている深澤直人さんやジャスパー・モリソンさんには、今回はリビングアイテムの主役となるソファを新たにデザインしていただきました。

同じくデザインをお願いしているセシリエ・マンツさんには、将来的にはもちろんソファのデザインもお願いしようと思っているのですが、まずは「MARUNI COLLECTION」というシリーズ全体の垣根を越えて調和するようなリビングアクセサリーを製作してほしいと依頼しまして、サイズバリエーション豊かな「SHOTO」のコレクションが出来上がりました。ミラノサローネは、出展してみないと来場者の反応がわからない面もたくさんあるのですが、今年はどのアイテムも非常に高い評価をいただきました。

――来場者からの反応について、より詳しくお伺いできますか。

山中 来場者や、アイテムごとによって反応の濃淡はもちろんあるのですが、日本とは求められるクオリティや価格、サイズなどのニーズも異なります。「マルニ木工=ダイニング商品」というイメージが強いところから「リビングアイテムも良いものがあるんだ」という反応もいただけました。

リビングソファを販売するためにはソファだけでなく、それに合わせるサイドテーブルなどのリビングに添える小さなアイテムも取り揃えないと、空間を作ることはできません。照明やラグは我々の領域ではないので製作できないのですが、少なくともリビングアイテムを新たに開発するのであれば、その周りのアクセサリー類、テーブルなども揃えていきたいのです。

我々にとって大きかったのは、今回はそのアクセサリー類、テーブルコレクションについて、MARUNI COLLECTIONのもう一人のデザイナーであるセシリエ・マンツさんが、デザインを引き受けてくださったことです。それぞれのデザイナーによる、言ってみれば「縦串」で独立していたMARUNI COLLECTIONのアイテムは、セシリエ・マンツさんが加入されたことによって彼女がもう一つの柱になり、そして「横串」にもなりました。このような相乗効果によって、MARUNI COLLECTION全体の魅力度はさらに上がってきましたね。

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――マルニ木工にとってのミラノサローネという家具見本市の位置づけについて、これまでの出展の歴史も振り返りながらお話いただけますか。

山中 ミラノサローネに出展した初期は、今現在のような「良いスペース」での出展はできませんでした。初めて出展する企業は、3番人気や4番人気のホールへの出展になるのですが、初期は知り合いのバイヤーも当然おりませんでした。その状況から上のステップへ、人気のあるホールへの出展を果たしていくためには、結局は実績を残さないと駄目で、「あなたたちはミラノサローネに参加して、どのような成果を上げたのですか」ということが問われるのです。当社の場合は、アメリカのディーラーさんと知り合って、アメリカのアップル本社へ「HIROSHIMA」を納品させていただいたことなどの実績が評価されて、出展場所・ホールのステップアップにつなげることができました。

ミラノサローネ国際家具見本市は、イタリアの国策によって開催されている展示会ですから、地元であるイタリアの企業が優遇されるのは当然のことです。したがって、ホールの中でも特に来場者が多く集まる「良い場所」である1番人気のホールはイタリアの企業が独占するわけですが、その一角に食い込むことが大切になります。

そもそも、3番人気や4番人気のホールに出展しても、そこに来場者はあまり来ない。あれだけ広い会場全体を、全てくまなく見て回る来場者はほとんどいないでしょう。そうすると、「絶対に見なければいけないブース」「時間があれば見ておきたいブース」「見もしないブース」といったように、来場者からは優先度の優劣がつけられてしまいます。

ミラノサローネに出展を果たしたとしても、4番人気、3番人気のホールに出展し続けているのでは、いつまで経っても「知り合いたい人々」に出会うことはできません。サローネに来場はしていても、人気が下位のホール・ブースには足を運んでくれないのです。それは、初めて出展したときに痛感した要素でした。実績を重ねて上のレベルのホール・場所にステップアップしていくと、ビジネスの質、知り合う方々の質やネットワークもがらりと変わってきますので、良い循環、メリットが生まれてきます。

――これまでも何回もミラノサローネへの出展を重ねてこられていますが、デザイナーの方々のネームバリューというものは、集客にも大きな影響がありますか。

山中 やはり大きいですね。ジャスパー・モリソンさんが凄かったのは、ミラノサローネ出展初期のころですが、ふらっと隙間時間に当社のブースに来られるわけです。当時ディーラーさんの顔をほとんど知らなかった我々ですが、モリソンさんは「ヒロシ、このディーラーを知っているか?ある国の有名なディーラーの社長だから、私が紹介するよ」と、自ら動いてディーラーさんを連れてくるのです。

そして「マルニ木工という日本のメーカーで、私がデザインしたチェアを出品している」といった説明をしながら、ディーラーさんと我々を繋いでくれました。「家具をデザインして終わり」ではなく、「このデザインを世の中に広げるために、できることに積極的に取り組む」人なのです。本当にありがたかったですね。

――出展を重ねて、どんどんと「MARUNI」の認知度は上がってきているとお感じになりますか。

山中 上がってきていると思いますね。もちろんこれは日本国内でもそうですが、一般消費者の方々への認知というのはこれからだと思っています。しかし今現在、海外で約30の国と地域・79店舗ほどで当社の商品を展示していただいており、日本国内とほぼ同じ環境でそれぞれの各国のお客様に当社の製品を体感していただける、そのようなインフラは整ってきています。そのような意味でも、着実に海外での認知度は高まってきているという実感はありますね。

ただ、当社は世界的にみると「後発」です。ヨーロッパの家具の歴史は何百年もありますからね。日本の洋家具の歴史はそれと比べると100年ほどです。日本には何千もの家具メーカーがありますが、その中で本気で海外を目指して取り組んでいるのは、当社を含めても5、6社ほどしかないでしょう。

今でも忘れられないのが、ミラノサローネに初めて出展した際、欧米の何人かのバイヤーさんから「日本でそもそも洋家具を作っていたのですか」と言われたことです。したがって認知度に関しては、「日本での洋家具製造」ということ自体が、そもそもヨーロッパでは知られていません。しかし、欧米の素晴らしい家具ブランドと、我々日本のものづくりから生まれた家具と、ものすごく差があるのかと言われると、必ずしもそうではないのです。ある部分だけ切り取ると、日本のものづくりのほうがヨーロッパのブランドよりも優位性があると感じる面もありますからね。

――日本の優位性とおっしゃりましたが、それはどのような面を指すのでしょうか。

山中 「日本人らしさ」に尽きると思います。きめ細かな気配り、配慮というべきでしょうか。例えば、ヨーロッパのブランドの方々は、彼らの価値観として「この部分は触らないから、そこにはあまり手をかけないでおこう。目に見えるところではないから別にいいだろう」といった考えもあると思います。

しかし我々日本人は、ものづくりに限らず、ちょっとしたことでも「手を抜かない」という感覚を、当たり前に持っています。椅子を例にすると、購入後に一生「座面の裏側を見たり触ったりしない」方もいるかもしれませんが、それでも日本人のものづくりは「触るか触らないか、見るか見ないか」に関係なく、「触らないかもしれない部分、見ないかもしれない部分」でも綺麗に仕上げる。「どうしてそこまで手を抜かないのですか」と仮にヨーロッパの方々に聞かれたら、「それは“日本人だからだ”」としか言いようがないでしょう。このようなものづくりの精神、商品に対するきめ細やかな品質管理は、日本人らしさの表れだと感じています。

――ミラノサローネの出展を重ねられると、海外での売上も伸びてきているのでしょうか。

山中 そこまで飛躍的に伸びるわけではないのですが、日本でも海外でも法人・コントラクト案件での受注が決まると、一件あたりの売上金額は高くなりますので、それが一年の間に重なるとその年度内の売上は多くなります。それが毎年継続できるという保証はありませんが、しかし当社の製品を扱いたいという海外のディーラーさんは年々増加しており、10年以上のお付き合いがあるところもあります。

売上については、年によってばらつきはありますが、海外売上は全体のうちの15%~20%ほどでしょうか。この比率を50%にまでもっていくことが目標です。日本のマーケットのウェイトはもちろん高いのですが、日本のマーケットのことのみを考えて取り組んでいると海外では通用しませんから、現在は「海外の目線を持って商品開発している」という感覚です。

ヨーロッパは特に、家具の発祥の地です。どのように海外に展開していこうかと初めに考えたとき、「良い製品だから、当店で取り扱いさせてほしい」と言われただけでは、取引はしないことを決めました。それよりも、長くその地に根付いて定着し、しっかりとブランドになっていかないといけませんから、慎重にディーラーの見極めを行っています。

海外のトップディーラーは、もちろん海外のトップブランドを取り扱っているお店ですから、現地の一般ユーザーに加えてコントラクト市場とも接点があります。ただ、当初はそもそもそのようなディーラーと取引もない状態でしたので、ハードルは高かったですね。しかしながら少しずつ交友関係を広げることができました。

日本でもそうですが、ディーラーさん同士で海外もつながっていますので、フランスやドイツなどのクオリティを担保したディーラーさんとのつながりもできてきます。その際も、やはり自分の目で実際にそのディーラーに置いている家具のラインナップを確認して、代表や役員の考え方や人柄などをしっかりと見聞きしたうえで、着実に取扱店を増やすように心がけました。

今取引している海外ディーラーさんにしても、我々マルニ木工と取引するまでは、日本のメーカーと取引したことはなかったところがほとんどです。しかも先方からすると、当社の家具が店頭になくても、そこまで困ることはない。それでも当社と契約していただいているのは、当社の海外展開を「応援してあげよう」というスタンスが強いのだと思います。我々の思いに共感してくださっている、我々と一緒になって盛り上げていこうとする、そのような考えを持ってくださる海外ディーラーさんが多い。根底にある気持ちは非常に友好的ですし、ありがたい存在ですね。

――海外には様々な家具の展示会がありますが、当面はミラノサローネ一本に絞って展示をされるのでしょうか。

山中 そうですね。海外にはミラノサローネ以外のも家具の展示会がありますが、やはりトータル・ビジネスという視点で考えると、ミラノサローネが抜きん出ています。圧倒的に集客力が違いますからね。30万以上の方々が訪れる家具の展示会は、他にありません。アメリカでも大きな展示会はありますが、どちらかといえばアート的な要素が強く、まだビジネスベースではないのです。6月にはデンマークの展示会を初めて視察しますが、来場者の規模は約4万人ほどです。

――ミラノサローネに限らず、今後の展示会の在り方というものは、どのように変化していくであろうとお考えですか。

山中 まず、これは少し語弊があるかもしれませんが、実は私にとって1年のなかで最も憂鬱な期間というものが、ミラノサローネでの一週間なのです。言葉の壁もあり非常に疲れるという要素はあるのですが、多くの来場者をさばいていくので、受け身になりがちなのです。会期後半は、出展各社の家具を視察するのですが、「見すぎて家具が嫌いになる」感覚に陥ってしまいます。いわゆる「情報過多」というものでしょうか。

先ほども申しましたが、ミラノサローネに限らず、世界には様々な家具の見本市があります。しかし、それぞれ一体「何がどう他の展示会と異なるのか」と言われると、「1対1」でより深い形でコミュニケーションをとることが、究極の形になっていくのだと思います。おそらくそのほうが、メーカーとディーラーとのお互いの理解も深まる。展示会のブースで短時間の話をしているだけでは、込み入った話にまでつなげることは難しいのです。

もちろん、ゼロベースでこれから販路を開拓していく企業にとっては、ミラノサローネのような展示会の場は理想的だと思います。しかし、ある程度出展を重ねて、来場者とも関係性ができている企業は、もう一歩深い関係にならないといけません。

――最後に、日本の家具をより海外に広めていくためには、どのような取り組みがより必要となるでしょうか。お考えをお聞かせいただけますか。

山中 これは以前から考えていることなのですが、今後はこの日本でも、ミラノサローネのような家具の見本市などの開催をきちんと考えていくべきではないでしょうか。日本に海外のトップリーダーとトップバイヤー、建築家やデザイナーを連れてくるということを、家具業界としてもっと真剣に考えていくべきなのではないかと思いますね。私としてはそれを踏まえて、海外の方々を広島の当社工場にお呼びし、製造の現場を見ていただきたいという思いは当然あります。

我々は家具メーカーですので、地元の広島の工場に来ていただくことが、一番の販促になるわけです。体感していただくことが、最も説得力がある。「この椅子がどのような想いで作られているのか」「我々マルニ木工の工場ができた背景にある“広島”とはどんな場所なのか」「創業者はどのような環境で暮らし、どのような想いで事業に取り組んできたのか」といったことを、全てわかっていただけるわけです。日本の方の場合は、一泊二日などで当社や広島の街をご案内し、我々の世界を体感していただくことで、マルニ木工への理解も深めていただくことができます。

しかしながら、海外の方々はそう簡単にお連れすることが難しい。ディーラーの代表や担当者はミラノサローネを視察しに来ますが、「新商品を見る」という感覚で来ますので、ものづくりの真相までを知っていただくことについては、ミラノサローネの場だけではなかなか難しいのです。我々はものづくりのメーカーですので、海外の方々に企業やものづくりを知っていただく機会を、きちんと設けていかないといけないでしょう。

業界が力を合わせれば、海外の方々を日本に呼んでくることは不可能ではないと思います。一社では難しくても、複数の企業が集まれば、いろいろな知恵も出てくるでしょう。各社それぞれ、独自性をもった魅力あるものづくりの環境があるわけですから、それがコンテンツになるはずです。たとえ工場見学や商談がメインであったとしても、それに付随して日本やものづくりの魅力という付加価値をつけていくことは可能なはず。そこまで受け入れる準備をしてアピールすれば、「日本に行ってみよう」と海外の方々にも思っていただけるのではないでしょうか。

(聞き手 佐藤敬広)