【インタビュー2025:特別対談】リビングハウス 代表取締役社長 北村甲介 氏 × センプレデザイン 創業者 田村昌紀 氏

――リビングハウスがセンプレデザインを子会社化した経緯について、まずはセンプレデザインの歴史も交えてお聞かせください。

田村 私はゼロファーストデザイングループで約20年、株式会社丸井グループのインテリア部門、インザルーム、東京の村内ファニチャーアクセスさん、名古屋の服部家具さんをはじめ、各都市の有力家具小売店・メーカーと幅広く仕事をしてきました。そこで痛感したのは、多くの家具小売が「家具を売る店」にとどまり、「暮らしを売る店」へ踏み出しにくかったという現実です。婚礼家具が全盛で、リビングセットやダイニングセット、シリーズ商品が主流だった時代には、それだけでは暮らしの豊かさに届かない側面がありました。

この状況を変えるため、約30年前に「センプレ」という切り口で、家具・照明・暮らしの道具など暮らしに必要な要素を横串で編集し、たとえ小規模でも一店舗でライフスタイルを提案するモデルを立ち上げました。50歳を迎える前、20年の経験を踏まえて「これから必要なのはライフスタイル提案だ」と確信したのがセンプレデザイン設立の原点でした。設立から約30年が経ち、いまや多くの小売が「ライフスタイルの切り口」を掲げており、今後はその中身が問われる時代になるでしょう。

数年前、北村社長と議論を重ねる中で、「センプレデザインとリビングハウスには明確な違いがある。だからこそ一緒に取り組む意味がある」という提案をいただきました。まさにその通りで、センプレデザインが描く暮らしとリビングハウスが目指す暮らしが重なり合えば、お客様への提案は一段と厚みを増します。これからの時代に求められるのは多様性であり、一つの嗜好だけに偏らず、多様な好みを受け止めて提案できる企業として、暮らしの選択肢を広げる存在となりたいと考えたのがきっかけでした。

北村 もともとセンプレデザインとは取引関係があり、当社が仕入れさせていただく立場でした。2017〜2018年頃、コロナ禍以前に一度、資本面を含む協議を始めたものの、当時は大きな進展はありませんでした。その後、神原久康氏がセンプレデザインの社長に就任し、コロナ禍を経た昨年に改めて資本業務提携という形で協議を再開し、まずは協業の可能性を検証しました。株式は一部取得にとどめ、具体策として当社の横浜店エントランスにセンプレデザインのミニショップ「/SEMPRE(スラッシュ センプレ)」を設置。約1年の推移は順調で、協業の手応えが明確になりました。その後当社の上場も経て、田村さんと議論を重ね、今回の子会社化に至ったという流れです。

リビングハウス 北村甲介社長

――家具・インテリア業界は難局に差し掛かっているようにも見えます。現在の業界をどのように捉え、どのような課題を認識していますか。

北村 家具業界の閉塞感は、今に始まったことではないものの、確実に強まっていると感じます。大きく分ければつくり手であるメーカーと、売り手である小売がありますよね。前者は価格でニトリさんに伍していこうとする路線、後者は価格競争を避け、個性やテイストで差別化する路線。実態としては前者が多いのですが、その土俵では勝ち目が薄く、結果として自らの首を絞めている企業が少なくないのです。一方、後者、つまり自分たちの個性や特徴を磨く企業は、苦戦しつつも生き残り、なかには成長している会社もあります。私たちリビングハウスも後者のタイプですね。

メーカー側の動きにも変化があります。従来は小売への卸が主軸でしたが、小売が疲弊するなかで、ハウスメーカーに直接販売する動きが進み、直営ショールームやECに振るケースが増えました。ただ、つくることと売ることは似て非なるもの。うまくはまり成長曲線に乗れているメーカーばかりかと言えば、現実は違います。こうした構造要因が業界全体の閉塞感を生んでいるのだと思います。

加えて、消費者の審美眼はSNSや公共空間の洗練に触れて、確実に上がっています。ところが供給側が十分に応え切れていない。結果として、総合力のあるニトリさんに流れる局面は依然多い。これが今のリアルではないでしょうか。

――「センプレデザインとリビングハウスには違いがある」と語られましたが、共通項もあるのでしょうか。

田村 最も大きな共通点は「人の暮らしを提案する」姿勢です。暮らしのかたちは千差万別で、お客様一人として同じではない。センプレデザインの世界観だけでは満たせない層が必ずいて、多様な嗜好に応える提案の幅が要るのだと考えてきました。

センプレデザインは、自社のものづくりに加え、世界から今の暮らしに必要なものを選び取り、日本に紹介してきました。仕入れもまた創造であり、コレクションは“編集としてのものづくり”だと捉えています。その視点はリビングハウスとも重なります。小売は「誰かが作ったものを並べる」だけでは成立しません。自分たちが良いと思うものを作る視点、世界中から選び抜く視点。この二つを携えることで、他にはない暮らしの提案が可能になると考えています。

――センプレデザインは、どのようなお客様に向けて製品の提供をされてきているのでしょうか。

田村 私はデザイン畑の出身で、オリジナルへのこだわりが強いほうです。「好きなものを好き」と言い切る姿勢を大切にし、その提案に共鳴してくださる輪を少しずつ広げていく。スタッフも同じ思いで動いていますね。

もちろん世代によって情報環境はまるで異なります。創業から30年、当社も少なくとも三度は大きく変化してきましたし、これからも変わり続けていくことでしょう。積み重ねを活かしながら変化に向き合い、お客様と時代の変化に応じて自らを更新していく。その柔軟さこそが、これからのブランドに必要だと考えています。

北村 センプレデザインは田村さんが創業し、田村さんやスタッフが「良い」と判断したものを発信し、その価値観に共鳴するお客様に選んでいただく、一言でいえばプロダクトアウト型です。

対してリビングハウスは明確にマーケットイン型。たとえば「KARE」や「EDRA」のように、テイストもターゲットも大きく異なるブランドを並行して扱うのは、その証左です。「自分たちはこれが好きだから提案したい」よりも、「この市場にはこうした需要もあるはずだ」という起点で、つくる・選ぶ・届けるを設計します。この“組み立て方”の違いはありますね。

ただし頂点にある思いである「暮らしをより良くしたい」という想いは両社で一致しています。要するに、リビングハウスとセンプレデザインは、暮らしをより良くするための「HOW(やり方)」が違う、ということです。

もう一点、テイストの守備範囲にも差があります。センプレデザインは北欧のライフスタイル表現に一貫性がある。一方、リビングハウスはマルチ型で様々な要素を扱います。むしろ当社は、意図的に北欧系を大きくは展開してきませんでした。北欧領域は他のプレイヤーが多く、当社のポジショニング上、空白にしていたゾーンでもあります。そこをセンプレデザインがカバーすることで、全体の提案幅が拡張します。

――グループ化により、具体的にどのような相乗効果を狙っていますか。さらに、その先の5年・10年のビジョンもお聞かせください。

北村 まずシナジーからですが、冒頭にもお話したように、リビングハウス横浜店のエントランスに「/SEMPRE(スラッシュ センプレ)」を設けました。配置した製品群は既存のリビングハウス店舗とは異なるもので、そして実績は想定以上でした。販売データを分析すると、従来の当社テイストでは動きにくかった商材が明確に伸びています。つまり、顧客ニーズに応えられる幅が広がり、来店客層も拡張した結果、1店舗当たりの効率が上がったのです。相乗効果としては手応え十分だと判断しています。

センプレデザイン側の視点でもメリットは大きいと捉えます。センプレデザインは池尻大橋の直営とECを主軸にしていますが、リビングハウスは主に商業施設内に出店し、売場はトラフィックが多い。そのような中、横浜店では既存のセンプレデザインファンだけでなく、これまで接点のなかったお客様が実物に触れ、購入につながるケースが増えました。新規リーチの獲得という点で効果が出ています。

今後については、当社は立地や売場面積の異なる店舗を各地で運営しています。その中で「/SEMPRE」と親和性の高いエリア・サイズには順次展開余地があると見ています。実際、二子玉川のポップアップストアにも「/SEMPRE」を組み込み、商圏特性に合致するかを検証中です。さらに将来像としては、共同出店の可能性も視野に入れます。リビングハウスは店舗運営に強みがありますから、センプレデザインの世界観を損なわずに新店を支援する形も取り得ますし、物件によっては「これはセンプレデザインが最適」という判断で出店を振り分ける選択もあるでしょう。

また小売以外の面でも、両社はコントラクトビジネスを展開しています。人材交流や商品のミックスにより守備範囲を広げ、受注効率を高める。ここも着実にシナジーを積み上げていきます。

田村 相乗効果において私が重視しているのは「企業力」です。どんな商品を扱うかだけでなく、それを運営する力が不可欠だと痛感しています。日本の家具・インテリア業界は歴史が長い分、革新的な企業力を備えた存在は多くありません。その中でも突出しているのはニトリさんで、同社の強みはやはり企業力だと見ています。

センプレデザイン創業者 田村昌紀氏

――リビングハウスの「企業力」を、どの点で最も強く感じましたか。

田村 一言でいえば運営力です。センプレデザインはかつて横浜や池袋で百貨店のインショップを展開しましたが、ハンドリングが及ぶ範囲は首都圏中心でした。地方や九州など、進出したくても自力では踏み込めないエリアがあったのです。

一方、リビングハウスは全国で安定的に店舗運営を続けています。両社を掛け合わせることで、新たなマーケットに的確な提案ができますし、センプレデザインの良さを多様な形で広げられる。そこで新しい発見や価値が生まれるはずです。

センプレデザインは長らく単独で経営してきました。私はゼロファーストデザイン時代から規模の異なる多様な企業と組み、企業力の差を肌で感じてきました。また、人材の確保や育成の精度を高めるのも簡単ではありません。企業力、そしてそれに伴う人材の強化こそがリビングハウスとの協業を決めた最大の理由なのです。当社とリビングハウスとで異なる強みを重ね合わせることで、可能性が大きく広がると見ています。

――グループ化で見据える未来像について、もう少し具体的にお聞かせください。

北村 センプレデザインは店舗とECを主軸にしつつ、スペース事業として施設運営や展示会も手がけていますね。

田村 そうですね、どちらかと言えば当社はそういった「種まき」が得意です。反面、「刈り取り」までやり切れていないという課題があります。そこで再びになりますが、刈り取りに向けた企業力が求められていると思います。

北村 センプレデザインのやってきた、カルチャー醸成のための活動は、継続すべき大切な取り組みです。ただ、それをどうビジネスに昇華させるかが鍵になります。ここでリビングハウスの知見を活かせば、「撒いた種」に水と肥料を与え、大輪へ育てていけるはずです。強みの異なる両社が組むことで、私たちの事業領域は確実に広がります。

具体例として、センプレデザインが進める倉俣史郎氏デザインの復刻プロジェクトがあります。価格帯的に大量販売になるものではありませんが、誰かが手掛けなければ美術館の中だけで完結してしまうようなプロダクトの領域です。適切なプロモーション設計次第で、集客や販売に結びつく余地は大きい。こうした「種」を、私たちのオペレーションやマーケティングでどう花開かせるかが重要テーマだと考えています。

――現在の従業員数について、センプレデザインは約30名、リビングハウスは約260名と伺っていますが、それぞれ培ってきた企業文化には違いがあると思います。グループとなったことで、センプレデザインの企業カルチャーはどのように生きていくのでしょうか。人材面も含めてお聞かせください。

北村 大づかみに言えば、センプレデザインは「クリエイティブ型」、リビングハウスは「ビジネス型」です。もちろん双方にクリエイティブもビジネスもありますが、強みの比重がそうだということです。掛け合わせることで、1足す1を3にできる手応えがあります。

子会社化は9月1日で、まだ日が浅い段階です。まずは相互理解が最優先であり、私を含めリビングハウス側の役員がセンプレデザインの管掌部門の会議に参加し、特徴や強み・弱みを可視化しながら、どこをどう支援・伴走できるかを見極めています。その先は現場レベルの人的交流です。軽い形なら合同ミーティングから、将来的には期間限定の人材トレードまで踏み込むべきだと考えています。

田村 9月の初頭に、センプレデザインで従業員向けの説明会を実施しました。その前段として、私が社員一人ひとりに直接、「今回のグループ化の趣旨について、理解できているか、どう感じているか」を確認しています。核心は二つです。第一に、センプレデザインというブランドを今後さらに発展させること。第二に、社員の雇用を守り、より豊かな暮らしに資する企業へと高めていくこと。この点はしっかり共有できました。

株式の観点も重要です。私は81歳になりましたが、個人が株を保有し続けること自体が、会社にとって構造的なリスクにもなります。上場企業であるリビングハウスが100%株を保有することの意味は大きく、「本腰を入れて取り組む」という両社の意思表示でもあります。センプレデザインの社員にとっても、安心して仕事に集中できる体制が整うわけで、迷いなく賛同してもらえました。

北村社長にも説明会の場で直接語ってもらい、人となりも伝わりました。「若い頃の田村に似ているのでは」といった声もあったほどです。企業としてチャレンジする姿勢は、多様性の観点からも重要だと感じています。

――最後に「協調ロールアップモデル」として多様なテイストをリビングハウスに取り込みながら成長する協調型の戦略について、今後どのような展望をお持ちでしょうか。

北村 社内でも中期戦略を全社員に説明する場を設け、その際にわかりやすい比喩としてLVMHさんの話をしました。当社が「高級」を手がけるという意味ではありませんが、LVMHグループはファッションを中核にしつつ、広義のライフスタイルとしてワイン&スピリッツや時計、トラベルラゲージ、ジュエリーなど多領域を束ねて成長しています。私たちも、インテリアを広く「暮らしの文化」と捉え、相乗効果でグループとして伸びていく姿を志向しています。前述のような欧州の大手企業でも、一社を軸に多様なブランドや異なるアイテムを取り込むことで企業力を高め、世界展開を加速させてきました。良いコンテンツに企業力が付与されると、一気にブレイクする事例は多い。これは今後の鍵になる要素だと見ています。

今回のセンプレデザインとの取り組みは始まったばかりです。企業風土はそれぞれ自立したままで良い一方、噛み合わせるべき部分は丁寧に合わせていく。田村さんのいうところの「企業力」について、当社もまだ十分だとは思っていませんが、家具・インテリアの企業の中では、一定の蓄積があると認識しています。リビングハウスのオペレーションや人材の知見を掛け合わせることで、さらに磨かれる企業は少なくないと感じます。

そうした企業とグループを組み、協調しながら共に成長していく。対象は小売に限定しません。場合によってはメーカーさんもあり得るし、インテリアを広義に捉えれば、たとえばパジャマを扱う会社との連携も選択肢になります。暮らしの文脈でシナジーが生まれるパートナーなら、ぜひご一緒したいという考えです。

――つまり、より高いシナジーを求めてグループ化を推進していく、ということですね。

北村 多くの企業との付き合いを通しての私見ですが、企業力さえ付けば大きく伸びるのに、そこが整っていないといった企業が、日本には非常に多いと感じます。当社は「場」を提供し、企業力を底上げする。そのうえでグループとしての相乗効果を生み出していく、という発展モデルに手応えがあります。今回のセンプレデザインのように、特色・強み・ブランド力を持つ企業との協調パターンもあれば、一方で「このまま単独は難しい」という地方企業さんなどにも、やり方次第で再成長の余地があるはずです。今後はそうしたケースも視野に入れたいですね。

――本日は、多岐にわたり貴重なお話をありがとうございました。